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福知山簡易裁判所 昭和44年(ろ)3号 判決 1970年9月28日

主文

被告人は無罪

理由

一、本件公訴事実は、「被告人は京都府福知山市字天田小字犬丸一三一番地の一に本店を有し総合建設業等を営む西田工業株式会社の取締役であつて右本店所在地における同会社直轄事業場の完全管理者に指名され会社のため労働者の安全管理に関する業務を担当していたものであるが昭和四一年二月ごろから同四三年二月二八日までの間同市字天田小字ユリガ下四五五番地所在の同会社直轄事業場であるアスフアルトプラントにおいて稼動させていた砕石用ホツパー外側の動力伝導用車軸を始め該車軸末端のユニバーサルジヨイント及びその取付部において二センチメートル位突出した締めつけボルト等は夫々床上一・八メートル以内にあつてこれに近寄る労働者に接触してこれを巻き込む危険があつたのに前記期間右車軸等に囲、覆またはスリーブを設けもつて右機械との接触による危害を防止するに必要な措置を講じなかつたものである。」というにある。

二、そこで、右車軸、ユニバーサルジヨイントおよび締めつけボルト等(以下、単に車軸等という。)が、検察官主張のように、労働者が作業中接触する危険のあるものであつたかどうかについて判断する。

(一)  当裁判所の検証調書(引用の書面等を含む。)および労働基準監督官作成の実況見分調書を総合すると、本件アスフアルトブラントの構造は次のとおりであることが認められる。(以下、数字はいずれも概数である。)

(1)  本件アスフアルトプラントは、砕石用ホツパー三台、土砂用ホツパー二台を並列設置し、他にドライヤー、アスフアルトミキサー等を並置してなるものであり、右砕石用ホツパー、土砂用ホツパーの前面には、おのおのを一組とし、それに対応して各一台のベルトコンベアーが設けられていること、

(2)  砕石用ホツパーに入れられた砕石は、ホツパー下部のキヤタビラ上に落下し、ベルトコンベアー、コールドエレベーター等を介してドライヤーに運びこまれるようになつていること、

(3)  砕石のキヤタビラ、コンベアーへの落下量の調節は、調節用ハンドルの操作によつてなすものであるが、右ベルトコンベアーの下方には、これに並行して、幅七五センチメートル、深さ四〇センチメートルの溝が設けられていて、ベルトコンベアーの前端と溝の前端との間に三〇センチメートルの間隔があるため、作業員のハンドル操作位置は右ベルトコンベアーの前端から三〇センチメートル以上を隔てた位置となること、

(4)  右調節用ハンドル(の中心)は、操作位置からの高さ九六センチメートル、溝の前端からの水平距離二三センチメートルの位置に、また本件車軸は、操作位置からの高さ一二五センチメートル、溝の前端からの水平距離七五センチメートルの位置に、それぞれあり、従つて両者の距離は上下二九センチメートル、前後五二センチメートルであり、直線距離は計算上五九センチメートルとなること、

(二)  第二回公判調書中証人井口幸尚、同吉良清市の各供述部分、第五回公判調書中証人吉良清市、同北山喬、同四方隆夫の各供述部分、第八回公判調書中証人森下真治の供述部分および四方隆夫の検察官ならびに労働基準監督官に対する各供述調書に右(一)記載の各証拠を総合すると、本件アスフアルトプラントの操作方法は次のとおりであることが認められる。

(1)  作業員は、調節用ハンドルを、前記溝の前方から、その溝を隔てて操作するのであつて、その操作位置が、ベルトコンベアーとは三〇センチメートル以上、本件車軸とは七五センチメートル以上離れているため、作業員が右ハンドル操作中、誤つてベルトコンベアーまたは車軸等に接触するおそれは存しないこと、

(2)  また、砕石の出具合は、右ハンドル操作位置から確認できるので、砕石の出具合を確かめるために本件車軸等に接近する必要もないこと、

(3)  注油の場合および大きな石が調節板の部分につまつた場合に、本件車軸等に接近して注油作業および石の取り除き作業を行うことがあるが、右各作業は必ずモーターを止めてから行うものであり、その際、作業員が本件車軸等にまきこまれるおそれは存在しないこと、

(三)  以上の事実によると、本件車軸等は、通常の業務の過程においては、特段の注意をしなくとも、接触等による事故の発生する危険性はないものというべきであり、かような場合に、異常な作業方法または極端な過失を伴う行為による接触の危険を予想して、危害防止の措置を講ずる義務はないものといわなければならない。

(四)  もつとも、本件各証拠中には、多少右認定に反するかのような部分が存するけれども、次に述べるとおり、いずれも右認定を左右するものではない。

(1)  第三回公判調書中証人伊藤敏夫の供述部分および労働基準監督官作成の実況見分調書中には、調節用ハンドルを操作する際に、ベルトコンベアーまたはその枠の部分に片足をかけることがある旨の記載がある。

しかし、右各記載部分が具体的根拠に基ずくものであることを認め得る証拠はないばかりか、第二回公判調書中証人井口幸尚、同吉良清市の各供述部分および第八回公判調書中証人森下真治の供述部分によれば、現実の作業の過程において、そのようなことはなかつたことが認められるから、前記各反対証拠はたやすく措信できない。

(2)  検察事務官撮影の現場写真(検甲一五号証)および吉良清市の検察官に対する供述調書には、調節板の後部の砕石のたまつている部分を、作業員が、後方または前方もしくは側方からのぞくことがあり、この場合に、手等が本件車軸等に触れることがある旨の記載がある。

しかし、ホツパーの前方または側方のハンドル操作位置付近から右砕石だまりの部分をのぞき、砕石の中にうずまつている石を発見することは、前記認定のホツパーの構造に照らしても、極めて困難であつて通常予想されないことと認められる。また、ホツパーの後方から右部分をのぞいた場合に本件車軸等との接触の危険がないことは、第二回公判調書中証人吉良清市の供述によつて明らかである。

従つて、右各証拠も、前記認定を覆えし得るものではない。

(3)  前記吉良清市の検察官に対する供述調書中には、大きな石を取り出すときにも機械を止めないままで作業することがある旨の記載があるけれども、第二回および第五回各公判調書中証人吉良清市の供述部分によると、右記載は調節板の後部にたまつた石を取り出す場合のことを指しているものではないことが推認されるから、右記載部分もまた、当裁判所の前記認定に反するものではない。

(4)  第三回公判調書中証人伊藤敏夫の供述部分中には、ホツパーの下がつまつたときに、丸棒、金挺等の工具で砕石を突き落す作業があるから、このときに作業員が車軸等に接触するおそれがある旨の記載があるけれども、右部分が同証人の実際の経験に基ずくものと考えられないのはもちろん、なんらかの具体的根拠に基ずくものと認め得る証拠はなく、かえつて、同人の単なる推測もしくは他の機種のホツパーにおける作業方法からの類推にすぎないのではないかとの疑いを生ぜしめるものであり、いずれにしても、当裁判所の前記認定を覆えすに足りない。

(5)  第九回公判調書中証人荻野賢造の供述部分には、作業員が作業中、ベルトコンベアーの下方に堀られた溝に足を落す危険がある旨の記載がある。

しかし、右記載部分は、推測による供述の域を出ないのではないかと疑われ、かつ、第五回公判調書中証人吉良清市の供述部分によると、ハンドル操作の仕事は特に忙がしく往来することを要する仕事ではないから、作業員が右溝に足を落すような心配はないこと、仮りに足を落しても本件車軸等には関係がないことが認められるから、右記載部分をもつて、前記認定を覆えす証拠とすることはできない。

(6)  第二回公判調書中証人井口幸尚の供述部分には、本件アスフアルトプラントの作業工程中には、こぼれた砕石をベルトコンベアーにのせる作業がある旨の記載がある。

しかし、第一三回公判廷における被告人の供述によれば、右作業は、休憩時間等、モーターがとまり、右コンベアーが動いていない時間を利用してなされるものであることが認められるから、右作業の際に、本件車軸等との接触による危険があるとするわけにはいかない。

そうすると、前記井口証人の供述部分もまた、前記認定を覆えすに足るものではないといわなければならない。

(五)  最後に、田辺太一郎の事故死の事実自体から、本件車軸等に接触の危険があつたものと推認できるかについて考えるに、本件各証拠を精査しても、右田辺の事故時における具体的な作業状況を認め得る証拠は全くなく、同人がどのような原因で右事故に至つたかを知ることができない。(吉良清市の検察官に対する供述調書中、右田辺の事故の原因に関する部分は、単に推測にもとづくものにすぎず、措信できない。)

かえつて、前記(二)に掲記の各証拠によると、同人は通常の作業衣の上に背広を着用するという通常でない服装で右事故に至つたのであることを認めることができるから、むしろ右事故は、同人の何らか通常でない行為によつて生じたものではないかとの疑いももたれるのである。

そうすると、右田辺の事故死の事実自体から本件車軸等の危険性を推認することはできない。

三、そうすると、被告人は、本件車軸等に、検察官主張のような危害防止措置をなすべき義務を負わないものというべきであり、結局本件公訴事実についてはその証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をなすべく、主文のとおり判決する。

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